靜心 shizugokoro

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ゆく年くる年

1年の終わりに、毎年もちつきをする。

私が熊本に越してまもなくは、両手で数えきれるほどの人数だったが、
いつの間にか友が増え、子が増え、気がつけば大所帯になっていった。

地元でとれたもち米を、この土地ならではのきれいな水にひたして蒸し、石臼でついたもちは本当においしい。
都会暮らしでもちはもち屋に頼むもの、と信じて育った私にとっては新鮮だった。
もちに限らず、自分たちが食べるものはほとんど地物でまかなえるというのは、なんと幸せなことだろう。

男、女、子供たち、と順についたもちを丸め、番重にずらりと並べた様は壮観だ。
つきたてのもちは湯に落とし、水もちにして、藁苞納豆や大根おろしで食べる。
和菓子を作る友は、毎年、飛び切りのぜんざいを炊いて来てくれる。
その1年が、どれだけ波乱に満ちた年であっても、もちつきの日だけは、変わらず、平和な一日だ。

元旦の朝は、庭や畑に菜を摘みに行き、ゆがいて雑煮をこしらえる。
もちの上にはへぎ柚子を。
何年か前に植えた柚子の木が、毎年たくさんの実をつけてくれるのはうれしいことだ。

雑煮のだしは、いりこと昆布の水だし。
熊本に暮らすようになり、東京ではほとんどなじみがなかった、いりこでだしを取ることを覚えた。
いりこは頭もわたも取らずにそのまま、鍋に入れて弱火で軽く煎ってから、火を止めて昆布と水を注いで一晩おく。
水につけておくだけならば、頭つきでもえぐみは出ない。
濾した後のいりこと昆布は、もう一度水をかぶるくらい注いで弱火で煮出し、二番だしを取る。
こちらは正直、旨味には欠けるし、独特の魚のくせが出るが、中華風の鍋料理などに使うのには役立つ。
良質のいりこと昆布を使う分、最後まで無駄なくしっかりだしを取りたい。

雑煮も、うどんも、そうめんも、鍋の汁も、私は汁物という汁物は、ほとんどの場合、
だしに酒と塩を足して味をととのえるだけにとどめる。
もちや、麺や、野菜の味や香りを覆い隠すことなく、引き立てたい。
その思いが募って、いつの頃からか習慣になっている。

東京育ちだから、母が作ってくれる麺類の汁はいつもしょうゆ色だった。
おかずもしょうゆ味が多かった。
しょうゆの味はもちろん好きだ。
しかし、その旨味と香りを、私はとっておきの時に生かしたいと思うのだ。

たとえば、焼きもち。
網でぷっくり膨れるまで炙ったもちの裏側にしょうゆをまぶし、もう一度少しだけ炙る。
皿に盛り、しょうゆをくるりと回しかけ、ばら干しのりを手で軽くもんではらはらと散らす。

ああ、しょうゆっておいしい。
しみじみ、そう思う。

関東の辛口のしょうゆに慣れ親しんだ私は、九州の甘みを加えたしょうゆにどうしても馴染めず、
熊本に嫁いでしばらくの間は、自分がおいしいと思えるしょうゆが見つけられずにいた。
松合食品のしょうゆは、もう何年も前にご縁あって工場見学に伺わせていただき、それ以来、ずっと使い続けている。
無農薬・無化学肥料の阿蘇産丸大豆、菊池産小麦で作られた貴重なしょうゆは、大切にしてゆきたい熊本の味の一つである。
娘が通っていた幼稚園でも、娘が卒園する頃に給食に取り入れられるようになった。
味覚は、幼い頃から培われてゆくものだから、家庭はもちろん、地域でも自然な形で良質なものが使われてゆくのはうれしい限りだ。

新しい年。
下ろし立てのお膳とお箸でいただく、清らかなだしの香り漂う雑煮。
香ばしく焼いたもち、香り立つのりとしょうゆ、熱々のほうじ茶。
日本の新年は、香りで始まるのだということに改めて気づく。
そして、この国に生まれたことを、改めて幸せに思わずにはいられない。

よいお年を。
あけましておめでとう。
この朗らかな挨拶を、ゆく年、くる年にまた交わすことができることに感謝して。

細川亜衣

松合食品 丸大豆しょうゆ
やまくに いりこ
有明バラ干し海苔 紫彩
宮崎茶房 有機花香ほうじ茶
寒川義雄 五碗三皿 箸置き
くるみの木 吉野杉の板膳
高野竹工 京・嵯峨四角箸

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2020.12.30