靜心 shizugokoro

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タネカら商店の野菜

ある春の日、手紙が届いた。手紙といっても、ちょっとした雑誌でも入っていそうな大きな封筒で、四角くどこか柔和な文字で私の宛名とその人の名前が書かれていた。差出人は”十河知子”さん、見たことのない名前だった。
中には原稿用紙11枚にしたためられた手紙。
1マス、1マスをぎっしりと埋め尽くすように綴られた大きな文字は、なんとも生き生きとしている。
 
知子さんは、私が東京で暮らしていた頃に時々通っていた、有機野菜などを扱う店で長らく働いていた。
それまでの仕事を一段落し、何か新しいことをしようと考えていたその頃、私がアシスタントを募集していたことを知り、手紙を書いてくれたのだ。
しかし、そこに書かれていたのは、単なる自己紹介ではなく、彼女の熱い、熱い野菜への思いだった。

私が以前書いた『野菜』という本の中に、”私のからだの大部分は野菜でできている。”という一節がある。
それにいたく共感したこと、心底惚れ込んでいる農家のこと、そこで作られる野菜がいかに素晴らしいかということ、そして、野菜を通してこれからやってみたいことが綴られていた。
野菜を作る農家ではない。料理を仕事として作る料理人や料理家ではない。
しかし、これほどまでに、野菜を愛し、丹精込めて作られた貴い野菜を誰かに届けたいと思う人がいるということに、私は胸が熱くなった。

結局、私たちが一緒に働くことは叶わなかったが、いつか、何か一緒にできるのではという思いをずっと持ち続けている。
そして、その時の手紙は、いままで友や、恋人や、娘からもらった手紙と同じくらいに、私の心の奥に宝物としてしまってある。

その後も折に触れて、彼女が心酔する農園の野菜や豆を送ってくれている。
両手いっぱいに抱えるほど大きく、ずっしりと重たい箱を、私は宝箱を開けるような気持ちで開く。
まず、手に取るのが、段ボールの切れ端に太いマジックで書かれた、野菜の名前やメッセージだ。
原稿用紙に書かれていたのと同じ、踊り出しそうな文字に、私はいつも元気をもらう。
野菜や豆はどれも本当においしいのだが、特に9月に北海道から届く大きなトマトは、毎年一番の楽しみだ。
私は、そのトマトをオリーブ油と塩だけで煮て、手打ちのパスタのソースにする。
イタリアで食べたトマトソースとは全くちがう軽やかな風味が素晴らしいのだ。
一瞬、自分の料理の腕がぐんと上がったのではないかと思うくらいに。

知子さんは、いまは”タネカら商店”という屋号で、信頼する各地の農園の野菜や果実を、飲食店や一般の人に手渡す仕事をしている。
この冬、送ってもらった箱には、小松菜、下仁田ねぎ、4色のにんじん、カーボロネーロ(イタリアの黒キャベツ)、ルーコラ、すみれかぶ、大蔵大根、小さなじゃがいも、さつまいも、さといも、ネーブル、デコポン、レモン、きんかん、色とりどりの豆、豆、豆。
黒ペンで書かれたイラスト入りのそれぞれの食材の説明のほか、水彩で描かれたひときわ美しい野菜と果物の品書きが入っている。
知子さんの描く絵は、まるで素材そのもののようにみずみずしい。

私は送ってもらった野菜を見て、その場のひらめきで料理をする。
そして、心ばかりのお礼にと、レシピを書き溜めている。野菜を作っている農園の方、野菜を食べてくれる人たちに届けばうれしい。
いつか、知子さんの絵と文字で野菜の絵本が作れたら。
熊本の庭で、知子さんに青空市場を開いてもらえたら。小さな夢が、いくつも広がってゆく。

細川亜衣

タネカら商店
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2021.02.12