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めぶき農房の豆

熊本地震からしばらくの間、各地の方からたくさんのご厚意をいただいた。
食材やメッセージなど、友人、知人からはもちろんのこと、お会いしたことのない方たちからのあたたかなお気持ちに、それまで経験したことのなかった心の動揺が、段々とやわらいでいったことを思い出す。
 
地震の直後、私は娘とともに友人の鹿児島のご実家に身を寄せていた。
霧島の麓にある静かな町。
清らかな水と空気、山から吹きおろす、肌を心地よくなでる風、森の緑と春の花。
そして、鹿児島の方たちの優しさに、少しずつ、塞いでいた気持ちが明るくなってゆくのがわかる。
 
しかし、一方で、ニュースで熊本の状況を見聞きするにつけ、心が痛んだ。
そして、熊本に戻ったら、被害の大きかった方たちのために、何か力になれないだろうかと考える余裕が少しずつ生まれてきた。
私の家の辺りは、まだガスも水道も再開が見込めない状況ではあったが、しばらく続いていた余震も落ち着きを見せ始めたようだった。
場所によってはライフラインが元に戻りつつあると聞き、友人と熊本に戻ることを決めた。
料理ができずに困っている方たちへ、少しばかりではあるが、料理を配ろうと考えたのだ。
4月なかばとはいえ、きっと温かな料理がうれしいだろう。
野菜も不足するだろう。
滋味深い味が恋しくなるかもしれない。
ならば、野菜たっぷりのスープを作って届けよう。
熊本への帰り道、立ち寄った鹿児島の八百屋さんで野菜を買おうとしたら、『私たちにできるのはこのくらいのことだから、全部持って行って』と、野菜を持たせてくれた。
見ず知らずの方の優しさに、じんと胸が熱くなった。

兵庫県篠山市で農業を営むめぶき農房の酒井裕行さん、紗央里さんご夫妻から、はじめてご連絡をいただいたのは、地震から10日ほど経った頃のことだった。
私たちのスープ作りの活動をSNSでご覧になった酒井さんが『先日の熊本・大分の地震の後、離れた所で農業をする者としてどういうお手伝いが出来るか考えておりました。』と、連絡を下さったのだ。
ほどなくして、たくさんの豆が私たちの元に届いた。
黒大豆、白大豆、鞍掛豆、茶豆、青大豆、黒小豆、大納言小豆、白小豆、花嫁小豆…丹波といえば黒豆や枝豆が真っ先に浮かぶが、大豆や小豆だけでも、まさかこんなにもたくさんの種類の豆があるとは知らなかった。
艶々として、美しい、見ているだけで心癒される贈り物だった。

酒井さんの豆は、どれも農薬・化学肥料・畜産堆肥は使わずに育てられている。
その安心感ももちろんだが、乾燥の豆は動物性のものを加えなくても、素晴らしいだしが出るし、少しの量でもたくさんに増えるから、まだ買い物もままならなかった私たちにとっては、本当にありがたい食材だった。
先にガスや水道が開通した友人の家の台所で、日々、おにぎりをにぎり、スープを作った。
町内会長さんに頼んで、町内のご高齢の方に運んでいただいたり、SNSの呼びかけでご依頼を下さった方にお届けする日が続いた。
そして、次第に少しずつそれぞれの暮らしが整い始め、私たちのスープ作りは幕を閉じた。
使い切れなかった酒井さんの豆は、あまりのおいしさに、私だけが料理をするのは勿体無いと思い、和菓子を作る友人たちにおすそ分けをした。

あれから4年の月日が流れ、私はようやく篠山へ、酒井さんに会いに行くことができた。
秋真っ盛り、最後の枝豆が出回る頃だと聞いていた。
想像通りの温かな笑顔で迎えてくださった酒井さんのお宅に入ると、台所から枝豆をゆでる香りが漂ってくる。
ふっくらとして、口に含むと驚くほど濃厚で、甘い。
その日、お昼を食べそびれてしまった私たちには、最高のおやつだった。

豆作りのことや篠山という土地のことなど、様々なお話を伺った後、畑へ案内していただく。
夕暮れ時の畑の上に広がる空は、藍色と灰色を混ぜて、さらにうっすらと白をかけたような、なんともいえない綺麗な色をしていた。
収穫間近の豆のさやから、小さな豆を取り出して食べさせてもらう。
青くてかたい。
でも、水に通し、ふっくらとゆでたら、あの芳しい豆に変わるのだと思ったら、不思議と甘く感じた。

あの地震がなかったら、出会うことはなかったであろう、遠く離れた土地に暮らす酒井さんご夫妻。
きっかけはどうあれ、人とのご縁ほどありがたいものはない。
大きな地震の夜、慌てふためいて外に駆け出すと、屋根の瓦がひっきりなしに落ちては不気味な音を立てて割れ、見慣れた庭の地面はものすごいエネルギーで隆起し、いまにも割れんばかりになるのを見た。
震えながら小さな娘を必死で胸に抱き、感じた絶望と恐怖を癒してくれたのは、結局のところ、人のあたたかさと、麗らかな春の景色に他ならなかった。

心穏やかな時も、険しい時も、私たちを支えてくれるものにかわりはないのだ。
酒井さんの豆がそうであったように、私も、自分の料理が誰かの心の支えになってくれるとしたら、そんなにうれしいことはない。

2021.03.01