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伊村夕子さんの敷布

ある日、友人の家を訪れた時に一目惚れした、一枚の敷布。”一枚の敷布”といっても、私の目に飛び込んできたのは、着物の反物のようにくるくると巻かれ、しかも、いわゆる”糸”で織られたものではなかった。モロッコや中国で求めた籠のような色合いの、淡く、自然の中にそのまま溶け込むような敷布。

聞けば、中国茶の会を催している友人は、茶会の時、それを食卓に敷き、茶器を並べるのに使うという。想像したら、なんとも涼やかな気持ちになった。

敷布の作り手の名は、伊村夕子さん。私自身は、茶会をするわけではないが、一枚の敷布があるだけで、美しい食卓が想像できる。友人の持っている敷布は、長い巻物だったが、もう少し気軽に使えるよう、正方形の敷布を作っていただいたらどうだろう。お目にかかったことがなかったにもかかわらず、夕子さんにご連絡をしたら、しばらくして四角い敷布を仕上げてくださり、熊本まで持ってきてくださった。大きな瞳が印象的な夕子さんは、言葉をひとつひとつ選びながら話をする。彼女を取り巻くもの全てを、きっとこんな風に大切にしながら暮らしている方なのだろうと想像する。

作っていただいた敷布をさっそくお茶を淹れる時に使ってみる。しっかりと織られた目の部分と、織られていない端のふさふさの対比がリズミカルで、上に使い慣れた茶壺や茶杯を置いてみたら、うっとりするような風情になった。いつになく背筋が伸び、目の前に繰り広げられている世界をただぼんやりと眺めてしまう。

表面の凸凹が、茶器をのせるには不安定かなと少し心配もしたが、杞憂だった。磁器やガラスなどの硬い素材で作られた茶器と、夕子さんの大麻敷布はすんなりと手を結んでくれた。茶器だけではなく、銅の皿にのせた焼き菓子や、陶器の鉢でいただく麺など、ふだんのおやつやお昼の時間にもぴったりで、うれしくなる。

いつか、夕子さんの仕事の場を見せていただきたい、その願いが叶って初夏のある日、大阪にあるご自宅兼仕事場にお邪魔させていただくことになった。私たちが到着した時、夕子さんは玄関先でちょうど水まきをしていた。扉を開くと、どこからともなく爽やかなハーブの香りがする。塵ひとつない、隅々まで磨き上げられた空間に、また私の背筋は伸びた。

敷布を織る機械、羊毛を織る機械、ホームスパンの機械、糸を紡ぐ機械。大小さまざま、用途もさまざまな機械で、夕子さんが実際に作業をする姿を見せていただいた。素材への思い、織ることで作られていく自身の毎日。美しく整えられた仕事場で、緩やかなリズムで、一段、一段、日々織られてゆくものの尊さ。

はじめてお願いをした敷布の経糸は、麻の色そのままにしていただいたが、植物や茶葉で染めることもできると伺って、いつかtaishoji の庭の椿で染めていただけないかとお願いしてみた。
”ちょうど熊本に行くので、その時に葉を採ってやってみましょう。”夕子さんは喜んで引き受けてくださり、私たちは熊本の庭のあちこちに点在する椿の木の下を巡りながら、一緒に葉を摘んだ。椿染め、いったいどんな色が出るのだろう。夕子さんはその色で、経糸と、敷布を包む布を染めてくださるという。

ご自宅を訪問した時に出してくださった、琵琶の蜜煮の甘やかさ。水出しの白茶の涼やかさ。糸を紡ぐ微かな音と、自身の指先を見つめる夕子さんの視線。

その暮らしは、いまも私の心にしっかりと焼き付いている。どこまでも丁寧に生きること、そして、誰にも真似のできない、自分だけの仕事をするということ。夕子さんを取り巻く人や、彼女が使うもの、そしてその手で為される仕事はどれも幸せだ。

伊村夕子という人との出会いから贈られたものは、とてつもなく大きく、そして、それを贈られた私もやはり、とても幸せだと思う。

2021.07.01

伊村 夕子

2006年 大阪にて機織りを学ぶ 以後、個展、グループ展参加
2016/17/19年 日本民藝館展 入選

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